岩田部長とオーグチさんのランチ
会社から少し離れた喫茶店で、岩田部長とオーグチさんがランチをとっています。
ここにはめったに、会社の人はやって来ません。
「…と、いうわけなんですよ。
俺もう、頭にきちゃって…」
エビフライ定食のエビを頬張りながら、オーグチさんがまくしたてます。
「……………」
岩田部長は無言で、サバの味噌煮定食の赤だしをすすります。
「若に関しては、正直言って俺も、そこまで期待してませんでした。
……しかし、梶田部長のあの物言い……。
まるで会社のパソコンは俺たちが使わせてやってるんだ、と言わんばかりで……」
先に食べ終えた岩田部長が、店員さんに声をかけます。
「あっと…コーヒー、ホットで。
オーグチくん。君もなにか頼むか?」
二人はしばし無言で、食後のコーヒーを味わいます。
「こういった問題は、そこら中の会社で多かれ少なかれ存在するんだろう…」
岩田部長が、やぶから棒に切り出します。
「オフコンの時代にもコンピュータに詳しい社員が、
こっそりプログラムを作って使うなんてことは、たま~にあった。
ただそれは、限られた範囲で利用される便利ツールで、
会社のシステムは、電算室が管理するものだった」
オーグチさんは、真面目な顔をして岩田部長の話に耳を傾けます。
「パソコンの時代になってコンピュータの利用法が多様化し、
電算室ではもはや、社員がPCで何をやっていて、どう利用してるのか、把握しきれないんだろう。
そんな中、VBAで勝手にシステム開発をする連中がいれば、面白くないのは当然だろうな」
「でも、岩田さん。
俺たち、会社のためにやってんですよ。
ブイビーエーの業務改善」
「まあ…それはともかくだ。
はなからワシは、若が社長を説得できるとは思っておらん。
……まあ、あれだ。
伝家の宝刀を抜くときがきた……ということだ」
「伝家の宝刀……ですか…?」
オーグチさんが訝しげな表情で、岩田部長を見つめます。
「君には教えてなかったか?
……会社で無理を通すときは、"根回し"というものが、必要だということを…」
伝票を手に立ち上がると、岩田部長はそう答えました。