肝心なこと
「…それでは、梶田くんは納得しないだろうなあ。
岩田くん、君は肝心なことを一つ忘れとるぞ…」
窓から外の景色を眺めながら、米谷顧問はそうつぶやきました。
「肝心なこと……ですか?」
「岩田くん。
ワシはコンピューターのことはよくわからんが…、
VBAとかいうやつを促進したら、梶田くんたちはいらなくなるのかね?」
岩田部長はハッと、何かに気づいた顔をします。
「そんなことは…、ないですな。
会社の基幹システムやネットワーク、パソコンの管理は、あくまで電算室の仕事です。
彼らの他に、できる者がおりません」
米谷顧問はニンマリと笑みを浮かべながら、岩田部長に顔を近づけました。
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「人が本気になって抵抗するのは、自分の大切な領域を侵されるときだけだぞ、岩田くん。
梶田くんの目には、君のやってることはどう映ると思う?」
岩田部長はうなだれると、床に視線を移しました。
「……なるほど。
そういうことでしたか。
……彼には我々が、自分の仕事を奪う"憎い敵"に見えていたのでしょうな…」
米谷顧問は目を細めながら、大きく頷きます。
「根回しの本質は、無理を通すために相手を説き伏せることじゃあない。
…お互いの心にある不信感を取り除き、お互いの利益について理解し合うことじゃ。
違うかの?」
「おっしゃるとおりです、顧問。
VBAが、彼らの仕事を奪うことはないし、お互いのメリットも多くあります。
……これなら、梶田部長に納得してもらえそうです」
米谷顧問は破顔すると、カッカッと声を上げました。
「よっしゃ、よっしゃ。
後日ワシが、2人が話せる機会を作るから、少し待っちょれや。
お前さんはそれまでに、梶田くんを感動させる名文句でも考えておくんじゃぞ」
「ありがとうございます、顧問。
お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
岩田部長は席を立つと、再度、深々と頭を下げました。