困ったことでもあったんかい?
「君の方から声をかけてくるとは珍しい…。
なんぞ、困ったことでもあったんかい?」
会議室のドアを開け、初老の紳士が入ってきました。
彼は米谷さん。
この会社の非常勤顧問です。
「お忙しい中、恐れ入ります顧問。
折り入って少し、ご相談したいことがありまして…」
岩田部長は席を立つと、深々と頭を下げました。
「やめやめ。
…非常勤の顧問に忙しいことなんかあるかい。
仕事だったら大歓迎だぞ」
米谷顧問はそう言うと、笑いながら席に着きます。
彼は社長の学生時代からの友人で、以前は主要取引先の資材部長を務めていました。
会社の中で唯一、社長の頭が上がらない存在です。
「以前の改善プロジェクトでは、大変お世話になりました。
最近、また面白いことをやってるんですよ」
「例のVBA…とかいうやつかい?」
「……!
ご存知でしたか、顧問…」
岩田部長は顧問に、これまでの開発の経緯を説明しました。
そして今問題になっている、梶田部長の電算室との軋轢についても伝えました。
「…なるほどなあ。
それでおまえさん、一体どうしたいんだい?」
「次の経営戦略会議で、システム企画室新設の議題を提起しようと思います。
…ただその前に梶田部長とは一度、胸襟を開いて話し合わなければ…と考えてます」
「ほう。どうやって、梶田くんを説得する?」
「VBAによる開発が、現在のコンピューティング環境において、いかに効率的で優れたものであるか……
理解してもらえるよう、粘り強く説明するしかないかと…」
米谷顧問は窓の外に視線を移します。
「…それでは、梶田くんは納得しないだろうなあ。
岩田くん、君は肝心なことを一つ忘れとるぞ…」
日脚の伸びた夕刻の街角を眺めながら、米谷顧問はそうつぶやきました。