伝家の宝刀、米谷さん
定時近くになりました。
会議室で岩田部長と初老の紳士が、打ち合わせをしています。
彼は米谷さん。会社の非常勤顧問です。
「例のVBA…とかいうやつかい?」
「…ご存知でしたか、顧問…」
岩田部長は顧問に、これまでの開発の経緯を説明しました。
そして今問題になっている、梶田部長の電算室との軋轢についても伝えました。
「…なるほどなあ。それでおまえさん、……どうやって、梶田くんを説得する?」
「VBAによる開発が、現在のコンピューティング環境において、いかに効率的で優れたものであるか……
理解してもらえるよう、粘り強く説明するしかないかと…」
「…それでは、梶田くんは納得しないだろうなあ。
岩田くん、君は肝心なことを一つ忘れとるぞ。
……VBAとかいうやつを促進したら、梶田くんたちはいらなくなるのかね?」
岩田部長はハッと、何かに気づいた顔をします。
「そんなことは…、ないですな。
会社の基幹システムやネットワーク、パソコンの管理は、あくまで電算室の仕事です」
米谷顧問はニンマリと笑みを浮かべながら、岩田部長に顔を近づけました。
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「人が本気になって抵抗するのは、自分の大切な領域を侵されるときだけだぞ、岩田くん。
梶田くんの目には、君のやってることはどう映ると思う?」
「……なるほど。そういうことでしたか。
……彼には我々が、自分の仕事を奪う"憎い敵"に見えていたのでしょうな…」
米谷顧問は目を細めながら、大きく頷きます。
「根回しの本質は、無理を通すために相手を説き伏せることじゃあない。
…お互いの心にある不信感を取り除き、お互いの利益について理解し合うことじゃ」
「おっしゃるとおりです、顧問。
VBAが、彼らの仕事を奪うことはないし、お互いのメリットも多くあります。
……これなら、梶田部長に納得してもらえそうです」
「よっしゃ、よっしゃ。後日ワシが、2人が話せる機会を作るから、少し待っちょれや。
お前さんはそれまでに、梶田くんを感動させる名文句でも考えておくんじゃぞ」
「ありがとうございます、顧問。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
岩田部長は席を立つと、深々と頭を下げました。